Handlename’s diary

色んなキモいヲタクです。

潰れた空き缶

 「いちいちうるせーんだよ。」

 細い首と鎖骨、薄い身体、いとも容易く押せる、空き缶のような軽さだと感じる。

 思わず、突き飛ばした。彼女は数歩よろめいて、すぐに抗議の目をこちらに向ける。

 心配してくれたのに。俺の中の誰かが呟いたように思う。その通りだ。

 幼馴染との下校中、突如俺は今後一切学校に行かない旨を伝えた。こちらとしては悩んだ末に言ったのだが、向こうからしたら寝耳に水だろう。だから、このくらい激しくつっかかってくるという反応も、想定していて然るべきだ。でも、

「もういいんだよ。本当に、どうでも!お前はお前でクラスのみんなと仲良くすればいいじゃん、そういうのもう俺には合わないって気付いたんだよ。」

 醜く言い返す。

 あーー、ダッセェ。今の俺は紛れもなくダサい。自覚ならできる。だけど、仕方ないだろ。今の俺は精神的に追い詰められているんだ。そんなこと配慮できる余地は脳に残ってないんだよ!そうだ、だからこれは仕方ない。

「嫌なことあったんなら、私に言えばよかったでしょ!!」

 言えるか。こんなこと。恥ずかしい。あぁ、恥ずかしい恥ずかしいうぜぇ帰りてぇ。

 必死に頭の中に一人部屋でPCゲームを好きな音楽聞きながらやる俺の姿を描く。

「どうせ分かりっこねえよ。性根が違うんだよ、お前とは!」

 ああああ、どうせこんな社会や世の中に適性のあるコイツは、今後も幸福を感じて生きてくんだろうなぁ!!俺には家に引き籠るのが最善策なんだよ!!

「明日来て、私サポートするから。いや、あの、サポートっていうか」

 まぁサポートで合ってるだろ。変に気にしやがって。

「...ていうか、将来どうするの。中学生からそうなっちゃったら。」

 さぁ?どうにかするよ。それは、今後の期間考える。

「いやいや、絶対後悔するよ。私と、た、楽しくすごせるよ、友達もできるはずだし」

 本当に優しいなぁ。なんでこんなに好意的に接してくれてるんだっけ。小学校の頃はこの娘とどう過ごしてたっけ。あの頃の俺の影を見てるのかな。多分もっかいリセットして関係を築けと言われても、無理だろうな。何かデカい後悔みたいなのが心を蝕む。

「じゃ、」

 帰る。心の中で、どうしてこんないい娘が友達にいて、こんなにもどうしよもなく育てるんだろう?と疑問を持つ。あぁ仕方なかったんだよ、うるせぇ、知らねえよ、と答える。もう数m後ろに彼女はいる。振り返りもしない。

 

 

 家に帰る。扉を閉めた途端、少し気が楽になった。そのまま歩き部屋に戻るなりベッドに腰掛ける。少し帰り道のことと、小学校の頃の思い出を考える。明日、家に来るだろうか。デスクに移動し、痛む胸の内を誤魔化しつつヘッドフォンを頭に装着する。これからは何時間と遊べるんだ。今日はいつまでやろうかな。

 

 

 

 

 時刻は深夜2時。人の気配がし、扉がノックされた。

「三佐玖ちゃん、車にはねられて今病院で重体なんだって。」

 母に、部屋越しに伝えられる。

 

 ......。

 当然、頭が真っ白になる。ヘッドホンを片耳から両耳外し、肩にかける。

 見開いた目に、景色が真ん中から白くなっている錯覚を覚える。イヤホンから小さく漏れ出る好きな音楽が場違いに思える。さっきまでいつも通り楽しかったのに。もう戻れないのか。これは現実だから。無論、今聞いたことをなかったことにして、作業に戻るのは叶わない。知ってしまったから。今、この世界のどこかで、一刻を争う事態になってる幼馴染が、病院で横たわっているんだと。逃げられない。この現実の時系列、タイムラインからは。この世は今しかないんだ。

 ...いや、待てよ。重体ってことは、まだ大丈夫なのか?んな訳ないだろ。重体は死にかける、ってことだ。あぁ、嫌だ。あぁ、嫌だ!!

 今、行かなくては、死ぬまで後悔する。

 とるべき行動は天地がひっくり返ってもひとつだ。どんなに感情が伴わなくても。

「アラタ!?」

 そう考えるや否や、

扉横に掛けられているジャケットを半ば無意識にひったくり、廊下に飛び出す。

「病院に行くわよね?」

 母が聞く。

 そりゃそうだよ!早くしろ!!決まってんだろ!!!

 何も考えられない。身体が親の後を勝手に着いて行っているようだ。なにか思い出そうとしたが、なにも。なにも、なにも。なにも考えつかない。空白だ。

 手に力が入る、少し驚きをして目線を下げれば、俺は取っ手を掴みドアを開け助手席に乗りこむところだった。そして、また思考を忘我に持っていかれる中、流れのままに座席に座る。

 背もたれから浮いた背と、シートベルトの締め付けを、ぼう、っと感じつつ。自身はやる気持ちと今すぐ病院に着かないことに対する理不尽な苛立ちを胸中で騒がせる。頭では呆然と三佐玖との今までを思い出す。

 そして、次に絶望と後悔の波が怒涛の勢いで胸を襲う。

 

 座席から飛び出す。駐車場を突っ走ってる内に、自分が病院に到着していることが分かった。そうだ、場所を知らない。

「C棟の5Fの503号室!!」

 ありがとう。そこか!今行くから、お願いだから、まだ行かないでくれ。死なないでくれ。生きていてくれ。

 自動ドアが遅い。ロビーを突っ切る。広い。無駄に広い。階段はどこだ!階段は!!トイレ横の自販機が並んだ場所を横切った。心の底から泣きそうな気持で、立ち止まり辺りを見周した。全員がぎょっとして見ているのが分かった。俺は、泣いていた。とっくに。頬から流れ、顎下から大量の涙の粒が落ち、そんなことはどうでもよかった。

「階段はどこですか!!」

 大声で泣き叫んだ。

 恥ずかしくなんかなかった。人が指し示した方を見れば、それっぽいところがあった。

 後ろから看護士が走ってきた。何か訴えてるが耳にはもう何も聞こえなかった。

 走り出した。腕を掴まれた。「場所を教えますっ!!」と言われた。

「C棟の5Fの503号室です。本当に急いでるんです。」

「分かりましたっ!!」

 地図のある方に歩く、指でさされる。わかった、完璧に理解したから。

「ありがとうございます!!」

 階段に走る。階段を走る。5Fか。ここはどこだ。A棟だから。ここからこう行けば、いいのか。

 3Fからフロアは消灯され暗く、無人。廊下は窓からの月光か、非常口の看板の緑の光のみだった。

 走る。あともう少しだ。全力で急がなければ。

 足を絡ませて、前に転ぶ。地面に横たわる。ふざけるな。

 そんな暇はない。立ち上がれない。我に返った。足が痛い。息が上がる。肺が痛い。汗だらけだ。身体はだらけたが、意識は止まらない。早くいかねば。

 走る。もう、痛くない。

 ここだ。一瞬立ち止まりかける。この先に、彼女が。緊張する。

 なるべく考えずに取っ手を掴み、一気に腕を左から右へ思いっ切り振って。

 扉を開けた。

 この光景を直視しなければいけないのだ。感情がどんなに追い付いていなくとも、今すぐに。そして、最善の行為をするのだ。絶対に。

 やがて、部屋の明るさから白飛びした視界が戻っていく。

 目ノ前ノ現実ヲ、一切ノ予断ナク映シ出ス。

 無情を前に胸に閉じ込めた心臓がバクバクする。次の瞬間を待つしかない。

 

 

 ベットに仰向けに倒れた少女。背の部分は起き上がり、こちらを向く包帯の頭。

 はっ。

 背は起き上がっている。意識はあるのか?こちらを見ている。顔を見る。あっ。

 目が合う。表情は笑っている、こちらを見ている。

 

 一歩、一歩、病室内に足を進める。手を差し伸べる。包帯だらけの身体。触れてはいけない気がして、腕を咄嗟に引く。地面に足を突ける。呆然と、しかし僅かに安堵が胸に湧き上がってくる。乾いた頬に、再び涙が流れだす。

 

「大丈夫だったのか?」

 そう問うしかないだろう。

 

「いやいや、大丈夫ではないでしょ。」

 

「そうだよな、そうだな、ごめん。マジで」

 

「いいよ、なんでそんな泣くの。」

 

「泣くよ!生きてるんだよな!!何か月とかないんだよな!?ずっと生きてるんだよな!!」

 

「リハビリは何か月も必要だって。」

 

「何か月生きるとかないよな!!?」

 もうしっちゃかめっちゃかだ。

 

「ないよ。」

 

「よかった...!!」

 

 あぁ、。これ以上に嬉しい取り越し苦労は人生にない。

 

 

 

 

 ......無我に、彼女を見上げる。本当に、大袈裟に。彼女がビックリするぐらいに。

 

 気付けば、ベットの横には彼女の父と母が立っていた。最初からいたのだ。

 後ろから、ドアが開く音がする。俺の両親だ。もう追いついたのか。そんなにぼーっと彼女を見ていたのか、俺は。そして二人は、膝立ちをする俺を見た。

 ふと前を向いたら、彼女の両親がややギョッとした目でこちらを見ていた。

 

 

 

 ...恥ずかしくなった。